アラカン世代になってから、
デジタルの話題になると、
ふと口をつぐんでしまう瞬間が増えました。
分からないわけではない。
でも、はっきり理解しているとも言えない。
そんな状態で、
「今さら聞いたら恥ずかしいかもしれない」
そう感じてしまうことがあります。
「今さら聞けない」と思ってしまう場面
デジタルに関して、
特に「聞けない」と感じやすいのは、こんな場面です。
- 会議中に出てくるIT用語
- みんなが当たり前のように使っているツール
- すでに何度も説明されたらしい操作
- 若い人同士で話が進んでいるとき
その場では話が止まらず、
「後で調べればいいか」と思いながら、
結局そのままになってしまう。
こんな経験、思い当たる方も多いのではないでしょうか。
聞けなくなったのは、理解力の問題ではなかった
以前は、
分からないことがあれば素直に聞けていた気がします。
でもアラカンになると、
「この年齢で、それを聞くのはどうなんだろう」
そんな気持ちが先に立つようになりました。
これは、
理解力が落ちたからでも、
能力が下がったからでもなく、
立場や年齢を意識するようになったから
なのだと思います。
若い人と比べてしまう苦しさ
デジタルの話題では、
どうしても若い人と比べてしまいます。
- 覚えるのが早い
- 新しいものに抵抗がない
- 分からないことをすぐ聞ける
その姿を見るほど、
「自分はもう遅れているのでは」
という気持ちが強くなり、
余計に質問しづらくなってしまいます。
でも、
比べる相手が違うのかもしれません。
聞かなくても回ってしまう現実
実際のところ、
「今さら聞けなかったこと」があっても、
仕事や生活は何とか回っていました。
細かい仕組みは分からなくても、
必要な操作だけできれば問題なかったり、
周囲がフォローしてくれていたり。
つまり、
すべてを理解しなくても困らない場面が多い
ということです。
この事実に気づいたとき、
少し気持ちが楽になりました。
「今さら聞けない」は、悪いことじゃない
「今さら聞けない」と感じるのは、
真面目に向き合ってきた証拠でもあります。
分からないまま放り出しているわけではなく、
ちゃんと理解しようとしたからこそ、
戸惑いが生まれる。
そう考えると、
自分を責める必要はないのかもしれません。
このブログで書いていきたいこと
このブログでは、
こうした「言葉にしにくい戸惑い」を、
そのまま書いていこうと思っています。
正解を出すためではなく、
「同じように感じている人がいる」
と伝えるために。
前回の記事では、
アラカンになってデジタルについていけないと感じた理由
について書きました。
この記事は、
そこから一歩踏み込んだ
具体的な場面の話です。
まとめ:聞けなくても、歩みは止まらない
今さら聞けなくなったからといって、
立ち止まっているわけではありません。
分からないなりに考え、
自分なりに折り合いをつけながら、
ちゃんと前に進んでいます。
デジタルとの付き合い方は、
人それぞれでいい。
このブログでは、
そんな考え方を大切にしていきたいと思っています。


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