AIの話題を目にするたび、
「使えないといけないのでは」
「遅れてしまうのでは」
そんな気持ちになることはありませんか。
私自身も、
AIが急速に広がっていく中で、
どこか落ち着かない感覚を抱えていました。
でもある時、
「無理に使わなくてもいいのでは」
と思えるようになりました。
この記事では、
そう思えるようになった理由を整理してみます。
「使わなければいけない」という空気に疲れていた
AIについて語られる場面では、
「便利」「効率化」「使える人が強い」
といった言葉が並びがちです。
それを見聞きするほど、
「使えない自分は遅れているのでは」
という気持ちが強くなっていきました。
でも、その空気に
ずっと付き合い続けるのは、
正直なところ、少し疲れていました。
使っていなくても、困らなかった現実
冷静に振り返ってみると、
AIを積極的に使っていなくても、
仕事や生活は大きく困っていませんでした。
- これまで通りのやり方で回っている
- 必要な情報は別の方法で得られている
- AIでなければできないことは、今は少ない
この現実に気づいたとき、
「無理に使う必要はないのかもしれない」
と思えるようになりました。
使う目的がはっきりしないまま使う違和感
AIを勧められるとき、
「とりあえず使ってみればいい」
と言われることがあります。
でも、
何のために使うのか分からないまま触ると、
かえって不安や戸惑いが増えることもあります。
- 何ができているのか分からない
- 結果をどう扱えばいいのか迷う
- 結局、使わなくなる
目的がはっきりしない状態では、
無理に使わなくてもいいのだと
思うようになりました。
「今は使わない」という選択ができたこと
AIを使う・使わないは、
白か黒かの話ではありません。
「今は使わない」
「必要になったら考える」
この選択ができたことで、
気持ちがずいぶん楽になりました。
使わないことは、
逃げでも後退でもなく、
自分で決めた距離感だと感じています。
無理に使わないことで見えた安心感
AIを無理に使おうとしなくなってから、
情報に振り回されることが減りました。
- 新しい話題に焦らない
- 比べなくなる
- 自分のペースを取り戻せる
「使わない」という選択は、
不安を減らす選択でもあったのだと思います。
これまでの記事とのつながり
1記事目では、
アラカン世代がAIに苦手意識を持つ理由を整理しました。
2記事目では、
AIとどのくらいの距離で付き合えばいいのか
を考えました。
この記事は、
その流れの中で見えてきた
「無理をしない選択」について書いたものです。
まとめ:使わなくても、ちゃんと前に進んでいる
アラカン世代がAIを無理に使わなくていいと思えたのは、
諦めたからではありません。
これまでの経験や価値観をもとに、
「今の自分に必要かどうか」を
自分で判断できたからです。
AIとの距離感は、
人それぞれでいい。
このブログでは、
そんな選択も大切にしながら、
これからも言葉にしていきたいと思います。


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